岩手県について考える。

岩手県各地に知人がおりまして、たまに集まっては色々話すのですが、
盛岡に住んでいると忘れてしまっていることを思い出しまして、少し
恥ずかしくなってしまいます。

先日、一関市祥雲寺の住職さんが書かれていた記事を読みまして、
一関の知人が言ってることと同じだなぁと思っています。

一関は仙台藩にあったことと、経済吸引力は盛岡よりもむしろ仙台に
あることで、仙台に行く人が多いんですね。例えば買い物、コンサート、
病院通院などなど...盛岡に住んでいれば、わからないことです。
恐らく盛岡周辺に住む人にとって、意識の外の話でしょう。

金成PAにETC利用のインターができてくれれば...と地域の方々は思う
らしいですが、岩手県は恐らく動かないだろうと書いてありました。
理由は書くまでもないと思います。

また、私がいつもまずいよなぁと思っていることがこの記事には書いて
ありました。イノシシの北上で農産物の被害が多くなってきており、
これが一関周辺に押し寄せつつあるんだとか。

「岩手県庁の机上だけでは、盛岡周辺はよく分かっても、一関で
感じている生物多様性における危機感を受け止めることができない
のではないか」

盛岡を中心としたエリアに住んでいる方にとって、岩手って盛岡と
イコールになっていますよね。例えば私の故郷である釜石のこととか、
県境にある一関のことを、本当に岩手と考えているでしょうか。
長く盛岡に住んでいますが、私にはそう思えないんですよね。

どうしてこんなことを考えるようになったかと言うと、私が釜石出身だと
知っている人に、「沿岸出身ですよね」とか、「沿岸の人って~ですよね」
なんて言われるからなんですね。これを言う盛岡の人は、私の身近でも
かなり多いです。

沿岸出身って...そりゃそうなんですが、天気予報じゃあるまいし、
随分大雑把な括りにされちゃうもんだなぁと思いましてね。
私は盛岡の人に、「内陸の人ですよね」なんて言いませんので、意識の違いを
感じちゃうわけです。

話が飛びましたが、私は岩手県各地の知人に批判されちゃうんですよね。
県立の図書館も美術館も博物館も運動公園も、なんで盛岡にあるんだと。
少しは各地に分散してくれれば、色々な面でいい効果があるし、岩手に
住んでいるって気にもなるもんだと。困った時だけオール岩手って
言われても、聞く気にならないねなんて、いじめられるんです。

まぁ半分冗談で、半分本気なんですよね。気持ちはわかるだけに、何も
言えません。

私は釜石出身で東京を経由して盛岡に来ました。前に働いていたところは
全国各地に出張があったので、他の地域の事情も少しは理解しているつもり
です。法律の範囲内で、かなり斬新なことをしている自治体もあります。

千坂住職が書かれているように、民間にも優秀な人、熱意のある人はいます。
地方自治体にも優秀な方々がおられるのでしょうが、これからの地方自治は、
住民を入れていかないといけないでしょうね。私なんかは全然ダメですけど、
知人にはかなり優秀な人がいるので、参加して欲しいと思っています。

確かにプロ市民みたいなのが跋扈している現状では、なかなか難しいかもしれ
ませんが、意識改革は必要じゃないでしょうか。昨今道州制なんて話も
ありますけど、岩手がなくなるぐらいなら、国の次は最小自治体の方がスッキリする
ねぇなんて、私らの仲間内では語っています。平成の大合併で、最小自治体が大きく
なって、次は道州制。それで県をなくすのは、実は天下り戦略じゃないの?と、
そんな話をしています。だったら国→最小自治体の方がいいんじゃないかねぇと、
酒を飲みながらグダグダ...

しかしそうすると、今度は国から切り捨てられるかもしれないねぇなんて...
なかなか悩ましい限りです。

まとまりませんが、岩手の住人として、変わり始める内政を見ての意見です。

※岩手日報さんに書かれてあった、祥雲寺住職さんの記事を引用させて いただきました。



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